藤沢涼の子供の名前を見れば一目瞭然!彼が心酔する師与沢翼

電通マン。もう日本でも1,2を争うエリートサラリーマンですよね。しかし、どんなに望んでも電通に入社できるのなんてほんの一握り、他のどの企業よりも狭き門と言えるでしょう。

給料は当然のことながら、そのステータスは他の上場企業のサラリーマンと比べものになりません。そんな電通マンとしての未来がありながら、脱サラしてネットビジネスに参入。

全くネットビジネスの知識も人脈もなかった藤沢涼さんがその後成功を収めることができたのは、与沢翼さんとの出会いがあったからと言われています。この二人にどんな出会いがありそして二人の関係はどんなものだったのでしょうか?

藤沢涼のビジネスについて

前述したように、藤沢涼さんは元電通マン。

ネットビジネスに参入する前はサラリーマンだったという人は珍しくありませんが、電通マンとなると藤沢さん以外に思い当たりませんよね。

しかし、何で電通を辞めてまで、将来が不安定なネットビジネスに参入したのか?普通の人なら不思議に思って当然です。しかし、藤沢さんは、ステイタスや、お金よりも自由と自分の可能性を大事にしていきたいと思ったのだそうです。

確かに、電通マンとしての給与とステータスは魅力的です。

しかし犠牲にするものも大きかったと藤沢さんは語っています。まず時間、とにかく多忙な業界ですから自由になる時間なんて本当に限られたものです。

家族と過ごす時間も取れず、毎日のように残業に追われる生活。女性社員があまりの仕事の厳しさで自殺してしまったという不幸な事件もありましたよね。

いくら給料が高くても、そして人に羨ましがられていても所詮は組織の歯車。自分が何のために働いているのかという漠然とした不安と戦いながら、次第に心が疲弊し精神的なダメージが蓄積していったそうです。

藤沢さんの場合は、他の社員よりも不安が顕著だったかもしれません。彼は、大学時代から音楽活動をしており、シンガーを目指していました。

電通に入社してからも二束の草鞋で活動しており、営業の傍らデモテープを作っては自分の売り込みもしていたそうです。しかし、広告代理店というのはあくまでも黒子の仕事。主役はタレントであり、スポーツ選手。彼の仕事は、そんな人たちの黒子になりプロモーションを成功させること。

自分自身がシンガーになりたいという夢を持っている人が、そんな黒子の仕事に対してストレスを感じ、会社組織の歯車という生き方に疑問をもってしまうというのも当然ですよね。

タイミングがいいのか悪いのか、在籍中に彼は難病にかかってしまいます。そして休職期間で自分を見つめなおし、アフィリエイトというネットビジネスに知り合うことで、独立を決意しました。

電通を退社して自由になった藤沢さんは、まさに水を得た魚のように生き生きとしていました。

始めたばかりのアフィリエイトでは、インフォトップのルーキー賞を獲得するという活躍ぶり。そして、彼はフリーエージェントとなりました。

会社にも場所にも何事にとらわれることなく仕事をすること。シンガーを目指していた時代、彼は東京ドームを自分のファンで一杯にするという夢を持っていましたが、今の彼の夢は東京ドームを5万人のフリーエージェントで一杯にすることに変わりました。

藤沢涼と与沢翼は関係ある?

フリーエージェントとして活躍する藤沢さんが、何故与沢翼さんと深い関係があったのか?

藤沢さんは電通を辞めてから独立してフリーエージェントとなる前に、ネットビジネスの会社で働いています。

その会社は「株式会社フリーエージェントスタイルホールディングス」社長が与沢翼さんなんです。そして藤沢さんはこの会社の普通の社員ではありません。

副社長は小西玲太郎さんでしたので、ポジション的には秘書のような形。秘書というか参謀のようなものだったのではないでしょうか?

この当時すでにネットビジネスのトップに君臨していた与沢さんが、元電通マンと言えども全くネットビジネスの経験がない藤沢さんを参謀として雇い入れたというのも、不思議な話ですが、たぶん、経験とかだけでは言い表せないポテンシャルを藤沢さんから感じたのでしょうね。

副社長の小西玲太郎さんと、藤沢さんはどちらも与沢翼さんの一番弟子と言われていました。

とにかく与沢さんの二人への信頼は厚かったと思います。藤沢さんも与沢さんを慕っており、この頃立ち上げた彼のブログのサブタイトルが「年収12億円の与沢翼の一番弟子」になってますから、与沢さんの下で働けるということを誇りに感じていたのかもしれません。

しかし、絶大な信頼を得ていた二人が同じタイミングで与沢さんの会社を退社することになりました。当時、これは二人の反逆だとか、与沢翼を見限って、小西と藤沢の二人が出ていったなどと噂されていました。与沢さんの会社にとっても大ダメージだったでしょう。

しかし、藤沢さんが出ていった理由というのは、純粋に一人でフリーエージェントとして仕事をしたいという気持ちがあり、そのタイミングが今だと思ったからだそうです。

この発言を見たときに、本当かな?なんて疑ってしまいましたが、藤沢さんがブログで長男の出産を報告し、その名前を見たときに、二人の関係が深いものであり、まだ終わっていないということがわかりました。藤沢さんのお子さんの名前が「翼」だったのです。

そうです、与沢翼さんの名前を子供の名前に付けた!これが藤沢さんの与沢さんに対する想いなのです。

藤沢涼に関与する人物は?

藤沢涼さんは、フリーエージェントとして様々なセミナーへゲスト参加したり、プロモーション動画のインタビューを務めることも多いので、ネットビジネス界では相当幅広い人脈を持っています。

先ほど紹介したように、与沢翼さんや小西玲太郎さんは、同じ会社で働いていた経験がありますし、元インフォトップの田中社長とは、彼がネットビジネスを始めたときに最初に名前が知られるきっかけとなったのがインフォトップのルーキー賞獲得だったということが縁でそれからも親交があるそうです。

彼と同じように音楽活動をしていた泉忠司さんとは、パーティーに呼ばれたり、ビジネスだけではなくプライベートでも親交が深いようです。

ネットビジネスの世界では幅広い人脈を持つ藤沢さんですが、現電通の社員の人とはほぼ繋がりはないと言っています。

最初は飲み会や食事などもよく行っていたそうですが、次第に話が合わなくなってきたとのこと。やはり組織の歯車として生きる人と、それを捨てて自分一人で勝負に出た人では価値観が全く違いますから仕方がないことですよね。

まとめ

藤沢涼さんと、与沢翼さん。

見た目も全く違いますし、目指しているものも全く違う二人が出会って惹かれ合ったというのも、なにか運命的なものを感じますね。

会社を辞めたあと、藤沢さんが与沢さんを含めたトップマーケッターに喧嘩を売るようなプロジェクトに参加したのも、二人の関係が崩れたと思わせるところでした。しかし後に藤沢さんのブログを見ると、与沢さんへの尊敬の念、そしてもう一度奮起して欲しいという激励の言葉が熱く語られています。

何よりも、自分の息子に与沢翼さんの名前を付けるなんて、それ以上に彼の尊敬の気持ちを表しているものはないと思います。

別々の方向へ歩き出した二人が再び一緒になるときには、以前とは比較にならないほどのすごいパワフルなコラボが見られるのではないでしょうか?

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